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DV父による家庭崩壊の体験談

なおえもん

まいど、なおえもんやで

DVは、殴られた本人だけでなく、それを見ていた子供の心も壊します。

父の暴力と母の傷、そして無力だった自分。
小学生の私が経験した家庭崩壊の記録を残しておこうと思う。

何十年経っても消えないトラウマ。
これが、毒親のいる家庭で育った子供が背負う現実です。

父親の暴力と家庭崩壊の始まり

父は私の幼少期からどこかおかしな人だった。

私が小学生になる頃に6つ下の妹が生まれたが、そこから家庭の崩壊は加速した。

妹は気に入らないことがあるとすぐに「ギャー!」と絶叫する性質があった。

それは単なる子供の癇癪ではなかった。

私が指でちょんと触れただけでも、まるでひどい暴力を振るわれたかのように、わざと大声を張り上げるのだ。

妹が叫ぶと、父は条件反射のように「お前のしつけがなってない!」と母を怒鳴りつけた。

母が恐怖で震えながら「お願いだから静かにして!」と妹に対し懇願するのを見て、妹は味を占めたようだった。

「自分が叫べば、父を使って母をコントロールできる」

まるでそう理解しているかのような、妹の狡猾さがそこにはあった。
なおえもん

妹は成人後も母を脅迫

父の暴力で母が重傷を負う

そして私が小学4~5年の頃、決定的な事件が起きる。

当時、私たちは父の妹夫婦が運営しているアパートの上下2室をタダで借りて生活していた。

部屋は「家族が過ごす本住まい」と「夜勤明けの父が寝るための部屋」の2つに使い分けていた。

父はタクシー運転手として働いており、日中は別室で眠っていることが多かったからだ。

ある日、その父が寝ている最中に、妹がわざと大声を上げた。

妹の狙い通り、父は激高して本住まいへ駆け込んできた。

父は「静かにさせんかい!!!!!」と怒鳴り散らし、いきなり母を殴り飛ばした。

母が最も恐れていたことが、ついに起こってしまったのだ。

母は殴り飛ばされた勢いで、妹が使っていた赤ちゃん用の食卓椅子(鉄製)の鋭利な角に顔を強打した。

母のまぶたの上は、ぱっくりと深く割れ、中の皮下組織が見えていた。

そんなヤバい状態を見て、小学生の私は「早く病院行って!!!!!」と泣きそうになりながら、母を心配し、必死に説得していた。

父が暴力を終えて自分の部屋へ去っていった後、母は大声を上げて泣き始めた。
なおえもん

私がどんな気持ちだったか

父からのDVを受け、母子で避難した辛い思い出

その後、母は私と妹を連れ、電車で20キロ離れた姫路まで逃げるように移動した。

当時のダイエーで時間を潰し、行く当てもなく数時間、駅前を彷徨った。

傷の手当てすらまともにしない母を連れ、目に入ったのは当時流行していた中古のファミコンショップだった。

私は「母は病院に行こうとしないし…家に帰るわけにもいかないし…時間があるなら…」と、

申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつ、まぶたが割れたままの母とファミコンショップに入った。

そして時間を潰すため、私は気になるソフトを眺めていただけだった。

しかし、母は「これ欲しいんか?」と聞いてきた。

私は「いや…」と言葉を濁した。

母親のまぶたが割れたまま、病院にも行かずに姫路に避難してきている状態で、明日からどうなるかもわからない。

そんな状態で、誰がそんなファミコンソフトが欲しいと思うものか。

母親が危ないのに、明日以降、家に居ていい訳がない。

家に帰ろうなんて1ミリも考えてなかった。

家に帰ったら絶対にダメだとさえ思っていた。

私が学校に行っている間に何が起こるかわからないし、そもそも母を家に居させたくなかった。

母がドケチな父に持たされている生活費(所持金)も僅かなはずであった。

こんな状態で、自分の下らない欲求であるソフトなんて買ってほしくなかった。

それよりも母が心配だった。

「このまま母の目が見えなくなったらどうしよう…」
「また母親がやられたらどうしよう…」
「それどころか、母親が殺されるかもしれない…」
「帰る場所もないし、どこに逃げたらいいんだろう…」

子供ながらに、そんな不安と恐怖が頭を埋め尽くしていた。
なおえもん

どれだけ不安だったか

DVを受ける母を守れない悔しさと後悔

しかし母親はそんな私の心境を思いやっての事か「これ欲しいんやろ?買い」と私に優しく言ってきた。

私は「いや…いい。」と答えた。

母親の精神的にも、金銭的にも、そんな余裕あるはずもない。

母は辛いのに無理して私の事を気遣い、優しくしてくれてるのは、こっちもわかってる。

だから、余計に気を遣わせたくなかったのに。

しかし母親は「いいから買い」と再び背中を押してきた。

結局、母は「大丈夫だから」とか、何とか私を言いくるめ、そのソフトを買ってもらう事になってしまった。

レジで母が財布を開く姿を見ながら、私は胸が張り裂けそうだった。

「こんな一大事に、バカ高い無意味なものを買わせてしまった」という強烈な後悔。

そのお金は、母の治療費や逃走資金にするべきだったのに。

母にそんな気遣いをさせてしまった事に対して、私は今でも罪悪感を持ち続けている。

何でこんな苦しい、どうしようもない思いをしなければならないのか。
なおえもん

何もできない子供の自分…

毒親のDVが子供に残す心の傷とトラウマ

母があの時、なぜソフトを買ってくれたのか。

きっと、母自身も父から暴力を受け、痛くて怖かったはず。

子供も連れており、これからどうしていいか、わからなかったはず。

さらには、これからも激しいDVを受けることは容易に想像がつくわけで、どうしようもなく不安な心境だったはずだ。

それでも、せめて「母親として子供を喜ばせること」だけは死守したかったのかもしれない。

あるいは、母なりの「詫び」だったのかもしれない。

母はあんなに怖くて不安な思いをさせてしまった私に対する、せめてもの償いをしようとしたのかもしれない。

どちらにせよ、本当なら私が母を気遣い、守らなければならなかったのに、逆に気を遣わせてしまった。

そう思うと、余計に辛くなる。

あんな深い傷を負ってもなお、子供を優先し、私を気遣うような人だったから。


優しかった母をいじめた父が許せない。

父が作った悲惨な過去は二度と書き換える事ができない。

DVは、加害者が忘れた後も、静かに被害者の心を蝕む。

たとえ何十年経とうとも、息子である私の心を、深くエグり続けているのである。

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